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フランスにおけるアブサン解禁立役者へのインタビュー記事(翻訳)

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フランスにおけるアブサン解禁立役者へのインタビュー記事(翻訳)

フランスにおけるアブサン解禁立役者へのインタビュー記事(翻訳)
われわれの使命は歴史を再創造することであって、書き直すことではない


La Gazette de l’Absinthe 
All the news about Absinthe – Green Fairy
2010 11/5記事より

アブサンのテストをするテッド

アブサンに関する最近のフランスの法律の進化にはよく引用される名前があります。
セオドア. A.ブロー氏です。評価の高いアブサンのシリーズ”ジェード”の創設者としてのほうがより知られてはいますが、彼は緑の妖精、グリーンフェアリー(アブサンの愛称)に関わる科学的、教育的、法的な試みに参加しています。
彼はフランスにおける1915年のアブサン禁止法案の廃止について私たちの質問に答えてくれました。

ガゼットドゥアブサン:ハイ、テッド(セオドア氏の略称)
まず第一に、あなたを知らない読者のために簡単に覚え書き。
もともとはルイジアナ生まれのバイオ化学者でしたがタバコの葉でつくられるリキュール、”ペリック”やアメリカ市場向けのアブサン,”ルーシッド”、もちろん名高いジェードアブサンも製造するソミュールの蒸留所にて蒸留を学びました。

フランスではアブサンについて法律上いくつかの問題がありました。

*1988年 終結判決
*1999年ころ 上記法令にさまざまな適用の進化(ベルサント裁判)
                         フランスの税関はアルコール度45°以下のアブサン関連商品には
                         “アニス”とラベルをつけることを望んだ時代
*2009年 フェンネルの成分、フェンコンとヒソップの成分、ピノカンフォンの食品に使用できる濃度の法律を修正する
そしてもちろんその後フランス法律の簡略化、(アブサン解禁)へつながる修正案の提出

この中のどちらに関わったのですか?
そしてこれらの戦いに参加した動機は?

Ted:19世紀につくられていたアブサンと同じアブサンをつくるのに適した蒸溜所を探しに
2001年私が初めてフランスに来たとき、EUのアルコール飲料に関する規制はすべて問題はないと信じていました。
しかし私はフランスにおいて、特にアブサンに関することとなるとそれが間違っていたことがすぐにわかりました。
2007年チョイスン氏と私はフランスにおいて1914年以来続くアブサン禁止法のもとで罰せられる最後の人となったのです。
これは主に1988年の判決によるものでした。1988年、明らかにフランス政府のだれかが、
EUの規制を適用することでアブサンがふたたび合法なものになるということに気がついたのです。1988年の判決ではアブサンを非合法なものにし続けようという周到な試みが見て取れます。ある意味私もこのことは理解することはできます。なぜなら単純にこれは22年も前のことであり、アブサンの化学はまだよく分かっていないままであったからです。

この法的な危機のまっただ中でチョイスン氏と私はフランス税関とフランス蒸留酒連盟とこの問題について会談しました。
私たちの推論はこの判決はフランスの蒸留所に不公平な経済的不利益を与えたというものでありました。
税関もフランス蒸留酒連盟(FFS)もこの問題に関して同情的でありFFSは私たちのために申し入れをしましたが、2年間たっても何の返答もなく、進歩はありませんでした。
他のフランスの酒造メーカーはこの判決に書かれている規制について単純に対処していましたが、私たちにはその方法は受け入ることはできませんでした。
私たちは歴史を再創造することが使命であり、法律が私たちにそうしろと強制するからと言って書き換えることではないのです。
私たちは重大な決断をしなければなりませんでした。ジェードをあきらめるか我々で法的な議論をうまくやってのけるか。
われわれは法的議論を引き起こすリスクを取ることに決めたのです。
セニール氏の努力のおかげで2009年7月チョイスン氏はフランスの保険大臣のアドバイザーと直接会う事ができ、たったの数ヶ月で法律の改正へとつながる議論ができたのでした。

ガセット:ニクソンピーボディー法律事務所から 私はこれらの件についての法律相談はセニール氏によるものだと読みました。どのようにしてあなた方は出会い、どうやって彼をこのような法律問題に興味を持たせたのですか?

T:2007年3月、ジェアド ガーファイン氏(ニューヨーク、ビリジアンスピリッツ)とニクソンピーボディーの切れ者の弁護士がアメリカのアブサン禁止法をひっくり返したときの努力に私が役に立ったということに気がつくかも知れません。
アーノッド デ セニール氏がもしフランスでこのようなことが起こったときに、フランス政府のしかるべき人に問題を提示できる機会を持つ人として、よい人だと推薦されたのです。
アメリカでの成功はフランスでのこの問題を扱う際の自信を与えてくれました。
科学が我々の味方になってくれるときそれは強力な論拠となってくれるのです。

ガゼット:あなたとM フランク チョイスン氏(コンビエ蒸溜所長)のあいだでこの法的措置にどのように関与しましたしか?
あなたがたはすべてについて共同作業か、それぞれが特別な仕事やとスキルを分けて行ったのですか?

T:チョイスン氏と私はこれらの法的活動に共通の関心を持っています。私たちはともに国内および国際的なビジネスに従事しており、私たちのビジネスが不公平な規制によって影響されるのが嫌いなのです。
彼には彼の才能があり私には私の才能があります。彼の才能は私にとって有益であり私の才能は彼に取って有益なのです。
彼は私のビジネスに多くのサポートを与えてくれ、私は彼のすばらしい歴史のある蒸溜所にふさわしい注目を集めるためにできることを行ってきました。

ガゼット:さて1915年の法律の廃止について、私はクーデターの構造について理解したいです。先ずはじめにサニール氏とチョイスン氏以外にだれが関わったのですか?
そしてどのようにかかわったのですか?
私たちはサニール氏に、デヴィッドネーサンマイスター氏、フランソワギー氏と聞きましたが、彼らが参加していたのは本当ですか?
私はあなたが共同署名したアブサンのプロデューサーへの公開質問状について具体的に考えているのです。

T:ええ、もちろん私はこの判決はほかの誰よりも私の商品の製造に影響するので、直接関わりました。私は裁判所に提出される科学的調査を提供しました。チョイスン氏は完全な事務管理的、専門家的なサポートを提供してくれ、セニール氏はすぐれたマシーンのように法的実務をこなしをました。そしてジェアード ガーファイン(ビリジアンスピリッツ、ニューヨーク)の価値あるサポートに対しても記しておかなければなりません。結局フランスの製品は他の市場で競合に妥協することになれば、これはアメリカ市場においてでさえフランス産のの製品を代表するすべての人に影響を与えるのです。

ガゼット:スイスのIGP(AOCのような原産地呼称統制の一種)は修正案の提出に対して非常に役に立ちました。
それが引き金になり、以前から行ってきた活動に対してのテコになったのですか?
それともある種スイスを巻き込むことは作戦だったのですか?

T:私たちはスイスのIGPの申請の理由を理解しますが、しかし多くの理由から、これは間違った方法であります。私たちはこれには非常に驚きました。スイスが劣った製品を国内マーケットに入れないようにしたいのは分かりますが、私の商品がスイスのアブサンの定義の基準をすべて満たしているのにも関わらずスイスでは販売できないのに
スイスはスイスの製品をどこでも売る事ができるというのは不公平です。
私たちがスイスに助けを必要とするのと同じくスイスはスイスの国外では私たちの助けが必要なのです。スイスにとってその他の職人的なプロデューサーをゴミと一緒に捨てるのは、ベルギービールのプロデューサーがビールを守るために彼らだけビールを名乗るとIGP申請して、ドイツビールはビールとラベルに表示できない、とするようなものです。
アブサンとは小さなエリアに縛りつけておくことはできません。単純にアブサンは歴史を通していくつかの国でつくられてきているからです。

スイスのIGPは私たちに内容ではなく、名前だけで禁止されているフランスのアブサンの違法性問題について法的にひっくり返る機会を与えてくれました。
これは理にかなっていません。セニール氏はその時が来るために非常に効果的に仕事をしましたが、これはFFSの協力あってのものでした。

私たちの情報源では法律改正案はフランス蒸留酒連盟(FFS)とペルノリカール社の圧力によって提案されたことになっています。
巨人が本当にあなたのモーニングコールで目を覚ますのか(あるいは言い換えれば野獣を突いたのか)もたは彼らの法律チームにでくわしたのか?
私はペルノリカール社の関わりについて分からないのでコメントはできません。

次のトピックへ
ガゼット:フランスの歴史と文化に関わる法律の改正がアメリカ人のてによるというのは非常に皮肉なものだとは思いませんか?どう思いますか?

T:私の名字ブローがロワールとボルドーの出自で私の家族の一部がスイスのダブスが来ているというのも皮肉ですか?たぶん私はアメリカ人なので奇妙に見えるかも知れませんが
私は不公平や不正にを感じるものに対して挑戦することを信条にしています。

他の人は障害物のまわりをまわることに満足するかも知れませんが、私はそれを取り除くことにしています。私にとって障害物のまわりをまわっていくことは歴史の書き換えであり、私の教義に反することなのです。この法的な努力は成功はしたものの多くの時間とお金を費やしました。私たちはフランスの蒸溜所にこの戦いに関して何も要求しなかったし、何も受け取りませんでした。

ガゼット:それではこの問題から少しはなれて、例えばツヨン(ニガヨモギの成分)インフォのようにアブサンの悪い評判を打ち壊すために他の何かの行動があったら教えてくれますか?

T:私は17年前にアブサンを調べ始め、フランコースイスのルーツにこの伝統をとり戻すために絶え間ない努力と時間を費やしました。
私は他の様々国から来る金儲け主義者たちがこの伝統をハイジャックし消費者をだますために歴史を書き換えようとするのを目撃しました。
幸運なことに業界の仲間には、歴史家がいて助けてくれたりして間違った情報の流れを変えられつつあるのです。
酒作りは私の職業のほんの一部をなしているに過ぎません。私の旅のほとんどは教育の名の下に行われており、アメリカ中、そして他国へも定期的にお酒業界や消費者にアブサンについて教育するために旅しています。

ガゼット:最後に物事というのは解禁することでは止まったりはしないのではないでしょうか。
この解禁がアブサン愛好家の中にはチェコアブサンのような大量生産商品の輸入に道を開くのではないかと懸念しているひとたちもいます。あなたはそれに対抗する計画がありますか?
(フランソワギーが行っているようなながれにそって)何かAOCのような?
もしくはそれはよいことですか?
そしてもし規制について考えるのであればどのようなものを想像しますか?
スイスのIGPのように厄介なものですか?それとももっと心の広いものですか?
そしてその場合どれをどのように定義しますか?

T:面白いアメリカの引用句があります。私たちは敵に出くわした、敵とは私たち自身である。
フランスのアブサン愛好家は工業的で劣ったアブサンがフランスで生産され、フランスやそこここでオリジナル、オーセンティックと謳われていることに本当に気がついたのである。被害はもう起こっているのです。
アブサンのAOC(原産地呼称統制)は他を排除しながらしようとすると孤立した行動になるし、スイスのIGP申請に似ています。多少の問題は解決しますが他のみんなにとっての問題を作り出してしまいます。
この状況をなんとかするための最初の一歩は”アブサン”という言葉を使うことの違法性を取り除くことでした。
すでにこの問題の進歩の結果は見れました。

次に業界でアブサンをつくる情熱のある人々が一緒にEU全体でのアブサンの法的定義の統一を申請することです、受け入れの機会をつくるためには部分的にはスイスの定義をモデルとするべきです。
これは少なくとも二つのパートによってできているべきです。
一つは基本的に業界の利害と一致していること。(残念ながら必要なことです。)
そしてもう一つはスイスの定義に沿いますが、私たちのような職人的な製品を守るためにたくさんのお金や時間を費やすもののためのパートです。

これらは規制を受け入れるための最前の機会を提供します。
例えばスイスの規定に合う製品は”アブサンスーペリア”のようなフレーズを使用することを許可されることでほかのアブサンと差別化する事ができます。
消費者は彼らが何を買っているのか知る方法を得るべきです。なぜなら今現在劣性の大量生産アブサンがよりよい歴史的、伝統的、職人的に作られた製品と同じ価格で販売されているからです。これは業界関連者にとっては利益がありますが、消費者や職人的な生産者にとっては悪いことです。
そもそも法律の定義と明快化の基本的な目的は消費者を保護するためのものであることを忘れないで下さい。このような規制がなければヨーロッパの市場は消費者にとって地雷の埋められた土地のままとなり続け、スイスだけが安全地帯であり続けることになるでしょう。

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