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あなたが知らない15のアブサンのこと(1)

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あなたが知らない15のアブサンのこと(1)

アブサンはいろいろなうわさがつきまとうお酒です。「目が見えなくなる」、「幻覚が起こる」、ゴッホが耳を切り落とす原因となった」困惑など、危ないものが多いですね。

今回は、歴史の観点から、信憑性のあるアブサンについての情報をお伝えします。15項目ありますが、今日はそのうちの半分です。
あなたはいくつ知っていましたか?


1. アブサンの起源は18世紀にスイスのヴァル・ド・トラヴェールの薬用酒。また初の蒸留所はス イス、クヴェに1797年に設立された。

2. アンリ・ルイ・ペルノー氏(のちのクヴェ蒸留所の義理の息子)は、1805年、節税のためにフランスの国境を超えて新事業をはじめた。両国境で、アブサン蒸留所は繁栄し、19世紀には少なくとも15の蒸留所がクヴェの地に存在していた。

3.  透明または白いアブサンは、緑のアブサンより前に作られていたらしい。(同じく、ワインはシャンパンより先につくられた)

4. アブサンの発展にとって、女性は重要な役割を果たした。アンリオ家の母とそのふたりの娘は、今日わたしたちがアブサンと認識できる飲み物を、初めて作った人物とされている。(発売中のアンリオ・スプーンはこちらの姉妹にちなんだ商品です)また、シャルロット・ヴォシェ(クランディスティンのレシピ発案者)は、1910年に禁止されてから、スイスでアブサンを密造していた数人の女性のうちのひとりである。

5. 19世紀に、”スイス・アブサン”という名称は”高品質アブサン”を示す用語として使用されていた。中にはスイスで製造されていないものもあったが・・・・

6. アブサンが有名になったのは19世紀、フランスにおいてである。それは、”phylloxera”という害虫の発生がワインのぶどうを多く破壊し激減させたためである。

7. 20世紀初頭のアブサン禁止令は主として、事業回復を狙うワイン業者と一般的な酒を攻撃することを狙った禁酒主義との間の同盟のために起きたものである。しかし、アブサンはイギリス、スペイン、チェコスロバキアにおいては禁止されなかった。

元の記事: www.distillnation.com


世間で今も言われているもののうちで明らかに誤解であるとわかるのは、
アブサンが禁止されたのは「飲むと危険」「飲むと命を落とす」からなのではなく、
害虫によりぶどう畑が壊滅し、事業がうまくいかなくなったワイン業者と禁酒主義者たちのためだったということです。

今でもよく見ることができるアブサンの危険なイメージを表に打ち出したポスターなどは、
このような意図のもとに作られたものなのです。

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このポスターはかなり強い語調でアブサンを攻撃!1907年のものです。
”死を宣告された!”
“いまわしいアブサンめ!”
”アブサンを飲むな!これ以上!”
“アブサンを倒せ!”

・・・・・・・このあたりにしておきましょう。

自由にアブサンを楽しむことのできる今に乾杯!